時間外労働に関し、事業者が労働者にとるべき措置

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厚生労働省が事業者に求める措置とは

今回も長時間労働の問題に関して取り上げます。

特別条項付きの36協定を締結すれば、限度基準を超過した法定時間外労働(以下「時間外労働」)を合法的に命じるられるようになることは前回ご紹介しました。「1年の半分を超えない」という制限にはかかるものの、特別条項付き36協定が締結された事業所においては月100時間超の時間外労働も理論上可能となります。この点について、若干の補足をしておきます。

前回のエントリーでも少し触れておきましたが、実のところ、国は必ずしも労働時間の延長を際限無く認めている訳ではありません。「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(平成18年3月17日付 基発第0317008号)において、「事業者」(「使用者」とほぼ同義だが、それより若干狭い概念)に以下の措置をとるよう求めています。

事業者は、労働安全衛生法に定める健康診断、事後措置等を徹底するとともに、時間外労働をさせた時間に応じて次の措置を行うこと。なお、産業医のいない小規模事業場では、地域産業保健センター事業を活用すること。
月45時間を超える時間外労働をさせた場合には、事業場における健康管理について産業医の助言指導を受ける。
月100時間又は2か月ないし6か月間の月平均で80時間を超える時間外労働を行わせた場合は、当該労働者に産業医の保健指導を受けさせ、産業医が必要と認めた場合は、労働者に健康診断を受診させ、その結果に基づき事後措置を講じる。
過重労働による業務上の疾病を発生させた場合は、産業医の助言を受けて、多角的な原因の究明を行い、再発防止対策を樹立する

36協定は労使間の合意に基づいて締結されるのが建前であるため、その内容について第三者である労働基準監督署が過度に介入することはできません。よって「月100時間まで」「年間1000時間まで」といった特別条項付き36協定を締結したからと言って、それだけで労基法違反とはなりません

とは言え、長時間労働が労働者の心身に悪影響を及ぼす事は広く知られています。いくら「違法ではない」と言ったところで、どんな内容の協定届もそのまま見過ごすようであれば労働者の生命や健康を守ることなどできないでしょう。

そこで、厚生労働省は、事業者に対して上記の措置をとるように求めているのです。ここで注意してほしいのは、事業者が取るべき措置は、あくまで「努力義務」に過ぎないという事です。

実効性に付きまとう疑問符

事業者に求める措置の内、月の時間外労働が100時間超となった労働者に対しては、医師による面接指導を「確実に実施する」としています。しかし、その面接指導も労働者からの「申し出」が前提としたものにすぎません。すなわち、対象労働者が申し出ていなかったのなら、事業主が面接指導をしなかったとしてもそれは不適切な対応ではない、ということになります。

働く事を美徳とする日本人の価値観からすれば、「疲れがたまってきたのでお医者様に診てほしい」とはなかなか言い出しにくいもの。まして申し出る相手が事業者となれば、自らの評価が下がる事をおそれて我慢してしまう労働者も少なくないでしょう。

労働基準法においては、「時間外労働を月100時間させたこと」「年間1000時間させたこと」それ自体を罰則の対象としていません。罰則の対象となるのは、例えば

  • 時間外労働に対して割増賃金を払わない事(119条)
  • 一定の危険な業務について、1日2時間を超えて時間外労働をさせる事(119条)

といった行為です。言いかえれば、36協定に沿った業務命令の下での労働で、割増賃金も約束通りに支払われているのであれば、労働者が働いた時間がどれだけ長くなろうとそれは違法ではない、という事になります。

今も続く「名ばかり管理職」問題

特別条項付き36協定についてはここまでとして、次に「名ばかり管理職」についても簡単に触れておきます。

今から4~5年程前、某ファストフードチェーン店の店長が時間外労働に関する割増賃金の支払いを求める裁判が起こしました。その判決において、裁判所は店長を「管理監督者」には当たらないと判断し、チェーン店の運営会社に対し多額の賠償金を支払うように命じられました。

労働基準法第41条では、労働時間の規制にかからない労働者として「監督又は管理の地位にある者」(管理監督者)を挙げています。この運営会社は、店長職にある労働者を管理監督者と見なし、割増賃金を支払わずに長時間の時間外労働をさせてきました。こうした運営会社のやり方に対して、裁判所は「ノー」を突き付けたのです。

この事件は当時のマスコミでも大きく取り上げられましたので、記憶に新しい方も多くいらっしゃると思います。

あれから数年経ちましたが、この問題は完全に解消された訳ではありません。すなわち、労働者に「係長」だの「課長」などといった肩書さえ付けてしまえば、割増賃金を払わずに時間外労働を命じられる、などと誤解してしまっている使用者が少なくないのです。

規制の対象とならない「管理監督者」と認められるためには、「経営者と一体的な立場」や「地位にふさわしい待遇」といった、いくつかの判断基準を満たす必要が有ります。それらの条件を満たさず、単に役職を与えられているに過ぎない労働者(いわゆる「名ばかり管理職」)については、まず「管理監督者」と認められません

名ばかり管理職については、割増賃金が支払われないために、長時間労働に歯止めが利かなくなるケースが多く見受けられます。実際に労働者が命を落とした事件も有りましたし、命までは失わなかったものの社会に復帰できなくなるほどの重篤な障害を負った労働者もおられます。

「残業代無しで働かせられる」という目先の利益にとらわれることなく、労働者の健康に配慮した労働時間管理が使用者には求められています。

今回のエントリーについてはここまでとし、次回以降も折に触れて長時間労働の問題を取り上げていきたいと思います。

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