労働時間の定義…未払い残業代請求のポイント②

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前回のエントリーでは、未払い残業代請求のポイントとして3つの論点が有ることをご紹介しました。その内の一つ、「実際に職場に居た時間は何時間か」については前回ご説明した通りです。今回は、2つめの論点について以下にご説明したいと思います。

職場に居た時間が法的に「労働時間」といえるか

企業経営者の方がタイムカードを利用したがらない理由の一つに、「タイムカードに打刻された時間は全て労働時間と認めなければならないんじゃないか」という誤解が有るのではないかと思います。

具体的な例を一つ挙げましょう。例えば、始業時間8時30分で終業時間は17時30分、途中休憩12時00分~13時00分という労働条件で、勤怠管理にタイムカードを使っている会社です。ある労働者が、特に上司から命じられてはいないものの、自発的に始業時間の15分前に出勤して自分の机周辺の掃除をしていました。また、その労働者は、定時で仕事を終えた後に10分程度、同僚と世間話をしてから帰宅するのが日課になっています。この労働者が実際に職場に居た時間をそのままタイムカードに打刻すると、表示時刻は「始業 8:15 終業17:40」といった感じになります。一ヶ月の総労働時間を集計する場合は30分単位で切り上げないし切り下げをすることが認められてはいますが、一日の労働時間は切り上げ・切り捨て共に認められていません。そうなると、この労働者はその日に「8時間25分」働いたことになるのでしょうか?

決してそんなことはありません。職場に居た時間が、全て法的に「労働時間(賃金支払いの対象になる、という意味の)」になる訳ではないのです。これも判例で確立した考え方なのですが、賃金ないし残業代の対象となる労働時間となるためには、労働者が使用者の「指揮命令下」に置かれる必要が有ります。そして「指揮命令下」に置かれていると判断されるためには「(事前準備等の行為を)使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされ」ている必要が有るのです。つまり、使用者が特段命じてもいないのに早めに職場に来て業務と直接の関係が無いことをしていたり、あるいは仕事が終わったのにいつまでも帰宅しようとせず、ダラダラと職場に残っている時間に対しては、必ずしも残業代を払わなくて良いことになります。

もっとも、これは裏を返せば、具体的に命令されていたのであれば、本来の業務以外の行為をした時間であっても「労働時間」と見なされかねないということです。例えば「始業時間の30分前に出勤して朝礼に参加しろ」とか「終業時間が過ぎた後、残って職場の掃除をしろ」などと命じていた場合には、それらの朝礼や掃除の時間も「労働時間」となって残業代支払いの対象となる可能性が高くなるので注意が必要です。

労働相談の現場で当事者双方の話を聞いていると、この「労働時間」に対する認識が労使間で大きく異なっていることに気づきます。自ら本を読んだりインターネットを駆使して調べるような、権利意識の高い労働者からは「社長から『勤務時間前に出勤して掃除をしろ』と言われた。これは労働時間じゃないのか」という疑問が呈される一方、使用者側からは「単に仕事をする上での心構えを告げただけ。業務上の命令なんかじゃない」という反論が繰り出されます。未払い残業代請求という、いわば労使トラブルになる位ですから、双方の認識の溝はなかなか埋まりません。お互い、簡単には自らの主張を譲ろうとしないケースが多いようです。

この「労働時間」の認定については、たとえ労働基準監督官といえどあまり立ち入った判断はできないのが現実です。「労働時間は○○時××分~△△時□□分であることに争い無し」「にも関わらずそれに対する残業代を払っていない」という状況であれば、それは労基法37条違反だとして指導の対象にもし易いのですが、「労働時間」それ自体が争いの対象となっている場合だと、それは民事的な問題であるとしてあまり積極的には指導しない傾向が有るようです。この場合は、あっせん、労働審判、民事訴訟と言った民事的な手段で解決を図ることになります。

思いがけず長文になってしまいました。最後のポイントについては、次回のエントリーで取り上げます。

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