労働者の働き過ぎ防止、年次有給休暇の取得率向上

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「残業代ゼロ」だけではない!労働政策審議会の建議案

前回に引き続き、厚生労働省の労働政策審議会が作成した建議案の内容を検証します。各マスメディアにて「残業代ゼロ制度」と報道されている、「高度プロフェッショナル制度」については既に取り上げました。今回は、「働き過ぎ」防止策について書かれた箇所を引用し、その内容を検証していきます。

以下、建議案から一部引用します。省略している箇所について知りたい方は、実際の建議案をご覧になってください。

(1) 長時間労働抑制策
中小企業における月60 時間超の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の見直

・ (前略)中小企業労働者の長時間労働を抑制し、その健康確保等を図る観点から、月60 時間を超える時間外労働の割増賃金率を5割以上とする労働基準法第37 条第1項ただし書きの規定について、中小企業事業主にも適用することが適当である。
・ 中小企業の経営環境の現状に照らし、上記改正の施行時期は他の法改正事項の施
行の3年後となる平成31 年4月とすることが適当である。

健康確保のための時間外労働に対する監督指導の強化
・(前略)時間外労働の特別条項を労使間で協定する場合の様式を定め、当該様式には告示上の限度時間を超えて労働する場合の特別の臨時的な事情労使がとる手続特別延長時間特別延長を行う回数、限度時間を超えて労働した労働者に講ずる健康確保措置及び割増賃金率を記入することとすることが適当である。

(3) 労働時間の客観的な把握
・ 過重労働による脳・心臓疾患等の発症を防止するため労働安全衛生法に規定され
ている医師による面接指導制度に関し、管理監督者を含む、すべての労働者を対象
として、労働時間の把握について、客観的な方法その他適切な方法によらなければ
ならない旨を省令に規定することが適当である。

(4) 年次有給休暇の取得促進
・(前略)労働基準法において、年次有給休暇の付与日数が10 日以上である労働者を対象に、有給休暇の日数のうち年5日については、使用者が時季指定しなければならないことを規定することが適当である。
・ (前略)使用者に年次有給休暇の管理簿の作成を省令において義務づけるとともに、これを3年間確実に保存しなければならないこととすることが適当である。

労基法37条の適用猶予と、特別条項付き36協定

実務上、少なからず影響を及ぼすと考えられる箇所に絞ってピックアップしました。今のところは適用が猶予されている「月60時間超の時間外労働に対する5割以上の割増賃金率」ですが、これが適用されるとなると中小企業の労務管理に大きな影響を及ぼすことになりそうです。

特別条項付き36協定届の様式が定まるのは、実務上の利便性を高めてくれるかもしれません。現在でも、特別条項を定めた際にその記入義務が有る事に変わりは無いのですが、様式第9号にはそのための記入欄が有りませんでした。そのため特別条項を別紙に記入する、もしくは様式第9号の余白に無理やり記入するなど、事業主によって異なる対処をとっています。36協定に特別条項を付けるケースは決して少なくないので、そのための様式が定められるのは歓迎すべきことでしょう。

事業主による年次有給休暇の時季指定

事業主による、年次有給休暇の時期指定についてはどうでしょうか。多くの企業では夏季休暇や年末年始休暇を定め、国民の祝日を休みとしていますが、実はこれらの休日は労働基準法上の「休日」すなわち法定休日ではありません。会社が任意に定めた「所定休日」に過ぎないのです。

よってそれらの日を所定休日から外し、年次有給休暇の時季指定に充てる、といった対応をとる企業も現れるかもしれません。そうなれば、年次有給休暇の取得率は上がったけど労働者が実際に休める日は変わらない、といった事態になることも考えられます。

とは言え、そうするためには労働契約の不利益変更等の問題をクリアしなければなりません。所定労働時間が増えたのに賃金が変わらないというのは、賃金の単価が下がることと同じ意味を持ちます。すなわち、労働者にとって不利な条件変更と言う訳です。

労働条件を変更するためには、個々の労働者の自由意志の下での同意が必要である、というのが原則です(労働契約法8条)。就業規則で一律に変更後の労働条件を定める事も出来ますが、そのためには、「(労働者の)不利益の程度」「変更の必要性」「内容の相当性」「労働組合等との交渉」などに照らして合理的な内容の変更である必要が有ります。また、労働者への周知も必要です(労働契約法10条)。

社会保険労務士としては、「事業主による年次有給休暇の時季指定」についてアドバイスを求められた際、選択肢の一つとして「所定休日の変更」を提案する事も有るでしょう。もちろんそれ自体は違法な事では有りませんが、上記のような問題点やリスクを抱えているのも事実。専門家としての使命に基づき、必要な説明を忘れずにしておきたいものです。

次回は、「フレックスタイム制の見直し」と「裁量労働制の見直し」を取り上げます。