「残業代ゼロ」対象者は今後拡がるか…改正案要綱より

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「残業代ゼロ」法案、ついに閣議決定される

「残業代ゼロ」法案を閣議決定 裁量労働制も拡大

政府は3日、労働基準法など労働関連法の改正案を閣議決定した。長時間働いても残業代や深夜手当が支払われなくなる制度の新設が柱だ。政府の成長戦略の目玉の一つだが、労働組合などからは「残業代ゼロ」と批判されている。2016年4月の施行をめざす。

新しい制度の対象は、金融商品の開発や市場分析、研究開発などの業務をする年収1075万円以上の働き手。アイデアがわいた時に集中して働いたり、夜中に海外と電話したりするような働き手を想定しており、「時間でなく成果で評価する」という。

対象者には、(1)年104日の休日(2)終業と始業の間に一定の休息(3)在社時間などに上限――のいずれかの措置をとる。しかし働きすぎを防いできた労働時間の規制が外れるため、労組などは「働きすぎを助長し過労死につながりかねない」などと警戒している。(YAHOO!ニュース 4月3日(金)16時52分最終更新より一部抜粋)

いわゆる「残業代ゼロ」法案が閣議決定されました。この法案は同日付で衆議院に提出・受理されており、今後は国会で審議されることとなります。

現在の国会情勢を見るに、この「残業代ゼロ」法案が衆参両院で可決されることは、ほぼ間違いないでしょう。とは言え、この法案が可決・公布された時点では、労働者の大多数が「残業代ゼロ」(正確には、特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度))の対象になりません

上記の引用文にもあるように、この制度の対象となるのは「金融商品の開発や市場分析、研究開発などの業務」を担当し、かつ「年収1075万円以上」の労働者です。この要件に該当する方は、おそらく全労働者の一割にも満たないのではないでしょうか。すなわち、この法案が可決されたからと言って、来年4月1日から全ての労働者に残業代が払われなくなる!という訳ではないのです。

もっとも、ごく一部の労働者にのみ適用される制度を導入してそれでお終いかと言われれば、決してそんな事はありません。「(残業代ゼロの)対象者を更に拡大してほしい」という経営者側のコメントや、「制度の対象者がこの程度で終わる訳が無い。これから更に拡大されていくはずだ」という労働者側のコメントがTVニュースなどで既に報道されています。

経営者側と労働者側、主張の方向性は正反対であるものの、「残業代ゼロ制度の対象者は今後拡張される可能性がある」と考えている点では双方が一致しています。しかし実際のところ、そんなに簡単に対象者を拡げていけるものなのでしょうか?当ブログでは、「労働基準法等の一部を改正する法律案要綱」(以下「要綱」、全文はこちら)に基づき検証していきたいと思います。

「残業代ゼロ」対象者の要件とは

要綱では、高度プロフェッショナル制度の対象業務と年収要件を以下のように定めています。

高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務(対象業務)

労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額…の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上(年収要件)

ご覧頂いてお分かりのように、大まかな内容を法律で定めておき、より具体的な内容は厚生労働省令(実際の名称は「労働基準法施行規則」)で定めるという方法を取っています。

省令は法律と違い、国会の審議を経る必要が有りません。行政機関(この場合は厚生労働省)の内部だけで制定のための手続きが完了します。すなわち、どのような業務を「残業代ゼロ」の対象とするかは、厚生労働省のさじ加減一つで決まってしまうということです。

もっとも、省令の内容について何の制限もかからないという訳ではありません。行政手続法第38条第一項には以下のように定められています。

命令等を定める機関…は、命令等を定めるに当たっては、当該命令等がこれを定める根拠となる法令の趣旨に適合するものとなるようにしなければならない

ここでいう「命令」には、省令も含まれています。つまり、法律で「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事した成果との関連性が通常高くないと認められるもの」という条件が定められている以上、それを満たさない業務を省令で勝手に付け加えることはできないのです。具体的には、例えば工場で働くライン工やコンビニの店員等を、厚生労働省の判断だけで「残業代ゼロ」の対象とする事はできない、ということになります。

年収要件についても同様です。具体的な額は「厚生労働省令で定める」となっているものの、その前提として「平均年収の3倍を相当程度上回る」という要件が有りますので、400万円だの600万円だのといった年収の水準を省令で勝手に定めることはできないのです。

以上を総括すると、閣議決定された改正案の枠組みに収まる限りでは、「残業代ゼロ」の対象者はごく一部の労働者にとどまらざるを得ないといえるでしょう。その拡張のためには法律そのものを更に改正しなければならず、それには国会の議決という決して低くないハードルを越えなければならないのです。

今後の行方は有権者次第

当ブログでは、政治的な主張を極力抑え、法改正の内容や判例の要旨について分かりやすくご紹介する事をその理念としております。よって「残業代ゼロ」法案に対しても、賛成もしくは反対のいずれの側にも立ちません。

ただ一つ言えるのは、「残業代ゼロ」の対象者が今後更に広まっていくのか、それともごく一部の労働者だけにとどまるのかは有権者一人一人の投票行動で決まるということです。なぜなら、国会にどのような議員を送り出すかは有権者が決めることですから。

昨年12月に行われた衆議院選挙では、投票率が過去最低の52.66%(小選挙区)にとどまりました。この選挙では与党勢力が衆議院の議席数の3分の2超を得ることとなりましたが、もし投票を棄権した残り47.34%の有権者が投票に行っていれば、多少なりとも違う結果になっていたかもしれません。極端な話、棄権者が全員野党に投票していれば政権交代だって有り得るのです(実際にはまずそんな事は起こりませんが)。

「政治」と聞くと、なんだか難しそう…と敬遠する向きも多いでしょう。しかし実際には決して難しいものでも何でもなく、私達一人一人の生活に深くかかわってくる身近なものなのです。「投票したってどうせ何も変わらない」と無関心を決め込むのではなく、各政党がどのような主張をしているか、自分の選挙区の候補者がどのような人物なのか少しずつ興味を持ってみても良いのではないでしょうか

政権交代のような極端な変化は起こらないまでも、各政党が選挙によってどれだけの議席数を獲得できたか。その結果により、国民が政治家に与えられるプレッシャーは決して小さくないと考えます。