残業代ゼロ法案と裁量労働制

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民間議員の提案と厚生労働省の対案

今回も、いわゆる「残業代ゼロ法案」についてのエントリーです。

5月28日、官邸4階大会議室にて「産業競争力会議 課題別会合(第4回)」が開催され、その議題の一つとして「労働力と働き方」の問題が取り上げられました。こちらがその議事要旨になります。

「労働力と働き方」についての議論の冒頭、民間議員の主査から次のような発言が有りました。曰く、前回(4月22日)に開かれた経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議の場で民間議員が提案した「新しい労働時間制度」に対しては「メディアを始めとした世間の理解不足と提案の一部を誇張した報道」が有るのだとか。

理解不足や偏向報道が有ったかはともかく、この主査によれば、4月22日に提案した「新しい労働時間制度」について「充分に理解されていないと思われる点」が有るので説明するとのこと。そこで提出されたのがこちらの資料です。ポイントとなるのは以下の3点(経済再生担当大臣の記者会見より)。

  • 全ての労働者が対象となるのではなく、イノベーティブな職責を果たす専門的人材であること
  • 「残業代ゼロ」ではなく、職務・成果に応じ、短時間の勤務でも報酬を確保することが可能な制度であること
  • 長時間・過重労働の防止のため、「労働時間上限」「年休取得下限」等の量的制限の導入など十分な措置をとること

これに対し、厚生労働省側も資料を提出して前回会合後の検討状況について説明をしました。同じく経済再生担当大臣の記者会見によれば、ポイントは以下の通り。

  • 企業の中核部門・研究開発部門等で裁量的に働く労働者」を対象に、裁量労働制の新たな枠組みを構築する
  • 世界で評価できる世界レベルの高度専門職」を対象に、新たな労働時間制度の構築を検討する

更に補足すると、厚生労働省作成の資料では、「朝型」の働き方の推進フレックスタイム制の活用促進テレワークの普及についても取り上げていました。

厚生労働省が提案してきた「裁量労働制の新たな枠組みの構築」。民間議員提案の「新しい労働時間制度」に比べれば、より現実的な解決策と言えましょう。労働者側から大きな反発が予想される制度を新たに導入するより、既存の制度を手直しすることで経営者側の想定する働き方が実現できないか。厚生省のこの提案は、至極真っ当であるように思います。

とは言え、議事要旨を読む限り、経営者側が「裁量労働制」に物足りなさを感じているのも事実のようです。この「裁量労働制」、そもそもどんな制度なのでしょうか?

裁量労働制とは

ご存じのとおり、現行の労働基準法では1日について8時間、1週間について40時間を超えて労働者を働かせてはならないことになっています。この「法定労働時間」を超えて労働者を働かせるためには、労使協定(いわゆる「36協定」)の締結が必要です。

しかし、実は36協定の締結以外にも法定労働時間を超えて労働者を働かせることができる制度が有るのです。労働基準法第38条の3で定める「専門業務型裁量労働制」と、同法38条の4で定める「企画業務型裁量労働制」がそれに該当します。

専門業務型裁量労働制」とは、大雑把に言えば『労使協定を締結することで、対象となる専門業務に就く労働者においては、実際に働いた時間に関わらず協定で定めた時間を働いたものとみなす』制度ということになります。

この対象となる業務は「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省が定める業務」です。

具体的には、新製品もしくは新技術の研究開発の業務、情報処理システムの分析または設計の業務、新聞もしくは出版の事業における記事の取材もしくは編集の業務等々が挙げられています。

企画業務型裁量労働制」も上記と同じく、対象業務に就く労働者に対して実際に働いた時間に関わり無く一定の時間働いたものとみなす制度。

対象となるのは「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」です。

「新しい働き方」本当に必要?

上記2つの制度をご覧いただき、皆さまはどう思われましたか。わざわざ新しい制度を導入しなくても、これらの制度で「時間にとらわれない働き方」「成果に対して支払われる報酬」の実現は可能ではないでしょうか?

長時間労働ばかりでなく、短い時間で働くことも可能だ』というのは裁量労働制にも当てはまります。また、時間に対して支払われる賃金と成果に対して支払われる手当とを組み合わせることにより、裁量労働制の下でも「成果型の賃金制度」は実現は十分に可能です。

確かに裁量労働制の下では、22時~5時の深夜労働に対しては別途割増賃金を支払う必要があります。しかし労働者の生命と健康の保持という観点から見れば、深夜労働に対して何ら規制を及ぼさないことは望ましい事ではありません

議事要旨等を読むに、民間議員は「専門的な仕事をする国際為替ディーラー」が現行の専門業務型裁量労働制の対象になっていないことを問題視しているようです。しかしそうであれば、なぜ「専門業務型裁量労働制の対象に国際為替ディーラーを加えてほしい」という主張にならないのか少々疑問を感じます。

産業競争力会議の民間議員のメンバーは、いずれも大企業の経営者や大学教授といった方々ばかりです。弁護士や労働組合の代表、社労士といった労働問題の専門家は、その中に含まれていません。よって提案された内容も、「経営者の立場からの主張である」ことを割り引いて考える必要が有るのでしょう。今後、様々な会議の場で反論や修正が加えられると思われます。

前回と今回の議事要旨を読む限り、現在の厚生労働大臣は「残業代ゼロ法案」に慎重な立場を取っているようです。民間議員の主張に対しても、深夜労働を野放しにする危険性日本と欧米との労働習慣の違い等について触れ、「待った」をかけています。

もし他の方が厚生労働大臣だったら、どうなっていたでしょうか。必ずしも同じ結果になっていたとは限りませんね。こういった例を見ると、『政治家なんて誰がなっても同じ』ではないことに気づかされます。我が国は民主主義の国であり、国会議員は国民の代表です。その意義を改めて考え直したいものです。

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