厚生労働省の年金マンガとは
今朝のyahoo!ニュースに、こんな記事が有りました。
年金の「世代間格差」、本当にないのか 厚労省年金マンガに「色々ひどい」と反発
厚生労働省がホームページ上で公開している公的年金の制度や現状を解説するマンガが「色々ひどい」とツッコミを浴びている。
「公的年金がなくなることはありません」「若者が損とは言えません」。厚労省としては仕方がない説明なのだろうが、若い世代を中心とした読者を納得させることはできず、反発を招いてしまった。
(中略)
マンガは「いっしょに検証!公的年金」というタイトルで、全11話86ページが2014年5月14日に公開された。両親と10~30代の兄妹の家族が、年金にまつわる疑問や不安を口にすると、制度に詳しい「年金子(とし・かねこ)」が「ご安心くださーい」といって解説する内容だ。
公開直後もマンガについて書き込む人がいなかった訳ではないが、15年1月中旬ごろに、一部ツイッターユーザーに発掘されたらしく、まとめサイトに取り上げられ、ネットで注目を浴びた。
(後略)
この年金マンガは、こちらから読む事ができます。
私も社会保険労務士の端くれ、年金専門家の一人ですから、このような記事には否が応にも興味が高まります。そこで、『はじめに』と称する導入部分から早速読んでみる事にしました。すると、記事中に出てくる「年金子(とし・かねこ)」は社会保険労務士という設定ではありませんか!
これは、ますます見過ごすことはできません。
そういう訳で、『はじめに』から第11話まで、全て読んでみました。以下、各話の内容を簡単にご紹介します。
年金マンガ、各話の検証
・はじめに
現在の公的年金制度について、国民の皆さんが抱いている疑問や不安を「誤解」や「思いこみ」という言葉で表現しています。確かに、中には「誤解」と言えるものも多いのですが、この時点で何やら引っかかるものを感じます。
・第1話 公的年金の意義
預貯金と比べた、公的年金のメリットについて紹介しています。年金保険料には、被保険者の死亡(遺族年金)や身体・精神障害(障害年金)に備える部分も含まれているのは事実。この話には、特におかしなところは無いようです。
・第2話 公的年金制度の仕組み
日本人のライフスタイルや家族構成の変容により、かつての「私的扶養」から「社会的扶養」へと変わっていったことが述べられています。で、公的年金制度は社会的扶養に該当する、という訳です。言葉の定義としては間違っていないと思います。
・第3話 日本の公的年金は「社会的扶養」
第2話の続きです。社会的扶養の長所と私的扶養の短所(←この時点でちょっと…)を取り上げ、「(特にライフスタイルの点で)今の日本には社会的扶養が合っているから」という理由で公的年金制度の必要性を訴えています。
・第4話 日本の公的年金は「2階建て」
自営業者などが加入する「国民年金(基礎年金)」と、サラリーマンが加入する「厚生年金」との違いについて説明しています。この話も、単なる用語の解説に過ぎないので、おかしなところは有りません。
・第5話 賦課(ふか)方式と積立方式
公的年金の財政方式についての解説です。国民が収めた保険料を将来の給付に備えて積み立てておく「積立方式」と、保険料をそのまま現在の年金給付に使う「賦課方式」という2つの方式の内、現在の公的年金では賦課方式を採っていることが述べられています。
・第6話 日本の公的年金は「賦課方式」
第5話の続きです。賦課方式の長所と積立方式の短所を取り上げ、「賦課方式の方がインフレに備える事ができるから」という理由で、公的年金で賦課方式を採ることの正当性を訴えています。て、このパターンって第3話でも見たような気が…。
・第7話 財政検証と財政再計算
5年ごとに保険料を見直す「財政再計算」と、同じく5年ごとに年金の給付水準を見直す「財政検証」についての説明です。言葉の説明それ自体は問題無いと思いますが、年金子のセリフで「少子高齢化が進むと現役世代の保険料負担が増えるのは仕方がないこと」と言いきってしまうのはいかがなものでしょうか。
・第8話 財政検証のための人口と経済の見通し
財政検証では、今後の日本の人口や経済状況について複数の見通しを立てている事、またそれらに基づいて公的年金の給付水準の見通しを立てている事が説明されています。この話で語られている内容はこれだけです。
・第9話 所得代替率の見通し
「現役世代の平均手取り年収のおよそ5割」という、公的年金の給付水準について説明しています。現役時代に収めた年金保険料の額と、将来受け取ることができる年金の給付額との関連についての説明です。非常に分かりやすく説明されているのではないでしょうか。
・第10話 年金積立金の見通し
年金積立金についての説明です。ネット上では、とりわけこの第10話と第11話の内容に批判が集中しているとのこと。確かに、年金子の「財源の大半は保険料収入ですから 公的年金がなくなることはありません」というセリフは、特に若い世代にとって納得できるものではないでしょう。それよりも、他の登場人物が発した「公的年金だってずっと今のまま維持できるわけがないじゃない」というセリフに共感する人の方が多いのではないでしょうか。
・第11話 世代間格差の正体
ネット上での非難が、最も集中しているのがこの話。現在の年金受給者が受け取っている年金の額と、将来の年金受給者である若者がいずれ受け取るであろう年金の額との格差について述べられている話なのですが、全般的に言い訳がましい印象を受けてしまうのは否めません。「昔の人は大変な思いをして頑張ってきたんだから、そのおかげで贅沢ができている若い世代は年金ぐらいでガタガタ言うな」とも捉えられかねない年金子のセリフに、反発を覚える若い人は少なくないでしょう。また、「少子高齢化が進めば若い世代が苦労するのは仕方が無い」「そうならないように女性がたくさん子供を産めば良い」という意味のセリフも、いくらマンガとは言え問題が有るように思います。
今回の騒動(?)を通して
以上、厚生労働省の年金マンガの内容について検証してきました。
私個人の感想としては、国民にあまり馴染みの無い専門用語を分かりやすく解説する、という意味では非常に良い漫画だと思います。絵柄もスッキリしていて読みやすいですから、絵柄の時点で嫌悪感を持たれることも無いでしょう。その意味では間口が広く、多くの人に読んでもらいやすい作品と言えるのではないでしょうか。
しかし、今回は、その間口の広さが裏目に出てしまったように思います。
とりわけ年金子のセリフには「今はこういう状況なんだから仕方が無い」とも取れるようなものが散見され、その事が「言い訳がましい」という印象を与えてしまうのも無理の無いことです。
実質的に厚生労働省の代弁者である年金子の立場を「社会保険労務士」とし、いかにも中立的な第三者からの意見で有るかのようにしたのも、良くない方向に作用したのではないでしょうか。身内ばかりで固めた「第三者委員会」とやらに自らの報道姿勢を検討させた、某大手新聞社の姿勢をほうふつとさせてしまいます。
とは言え、こうして話題になること自体は、けっして悪い事ばかりではないと思います。その経緯はともかく、今回の騒動を通じて、若い世代の皆さんが年金制度に多少なりとも興味を持ってくれたことは間違いないでしょう。
マンガでも触れられている通り、公的年金制度は幅広い世代に関係する重要な制度です。この制度に対する国民の理解がさらに深まり、議論が活発化していくことを望みます。