有給休暇をめぐる現状
労働相談を受けていていると、皆さまから多く寄せられるのが『残業しているのに残業代を払ってもらえない』『仕事を辞めたいのに辞めさせてもらえない』そして『年次有給休暇(以下「有給休暇」)を使わせてもらえない』というご相談です。これらの問題は、(最近ではパワハラ・いじめも増えてきたものの)労働相談における三大テーマといっても過言ではないでしょう。
この三大テーマの中でも、皆さんからご相談をお寄せいただく度に「法律の内容を正しく広めなければ」と特に感じさせられるのが有給休暇の問題です。そこで、今回は『有給休暇を使わせてもらえない』という問題について取り上げてみたいと思います。
中小企業にお勤めの労働者の皆さんや、パートタイマーとして働く皆さんの中には、有給休暇を使いたい旨を上司に告げたところ、以下のように断られた経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
『ウチは中小企業だから有給休暇は無いよ』『パートの人には有給休暇は有りません』『こんな忙しい時に休みたいなんて、何を考えているんだ。有給休暇なんか取らせない』…。
いずれの発言にももっともな言い分が有るように思えますし、上司からこのように告げられたことで泣く泣く有給休暇の取得を諦めた方もいることでしょう。しかし、こういった発言の数々が、法律の条文や行政通達といった、きちんとした根拠に基づくものなのか考えてみた事はお有りでしょうか?
そもそもこの有給休暇ですが、「給料を減らされる事無く仕事を休むことができる制度」という大まかな理解こそ出来ているものの、法律の条文そのものについては労使ともに正しい理解が広まっていないように思われます。そこで、改めて以下に労働基準法(以下「労基法」)の条文を見ていきましょう。
労基法に定める内容とは
労基法39条1項では、以下のように定められています。
労働基準法第39条第1項 使用者は、その雇い入れの日から起算して六カ月継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
労基法39条は、全部で8項も有る、比較的長い条文なのですが、有給休暇の発生要件について述べられているのは上記の箇所だけです。ここには何と書いてあるでしょうか?
発生要件として挙げられているのは、「雇い入れの日から起算して六カ月継続勤務」と「全労働日の八割以上出勤」の二つだけ。どこにも『中小企業は有給休暇制度を採用しないことができる』だとか『パートタイマーには有給休暇を与えなくて良い』などといった記述は出てきません(もっとも、パートタイマーの場合は年休の日数が若干少なくはなるのですが、それについては後述します)。
すなわち、『中小企業に有給休暇は無い』と『パートに有給休暇は不要』といった上司の発言には、何ら法的な根拠が無いということなのです。
もっとも、パートタイマーに関しては、必ずしも通常の労働者と全く同じ日数の有給休暇が与えられる訳ではありません。「比例付与」といって、所定労働時間や所定労働日に応じた日数の年休が与えられることが、同条の3項及び労基法施行規則24条の3で定められています。
この比例付与ですが、有給休暇の日数は所定労働時間や所定労働日に比例して増減していきます。さらに、週所定労働時間が三十時間以上であるか、週の所定労働日数が五日以上の場合は、パートタイマーであっても正社員と全く同じ日数の有給休暇が与えられるのです。逆に、最も少ない場合でも、週に一日、数時間の所定労働時間が有れば、「継続勤務」と「出勤割合」の二つの要件を満たすことで少なくとも年に一日以上の有給休暇が与えられます。
先に取り上げた上司の発言の内、『今は忙しいから休ませない』についてはどうでしょうか。労基法39条5項では、使用者に「労働者が指定したのとは別の時季に有給休暇を与えること」(これを「時季変更権」といいます)が認められています。しかし、「労働者が希望した有給休暇そのものを拒絶すること」は認められていません。
すなわち、『忙しいから休ませない』という発言が「休みそのものを与えない」という意味であればそれは誤りということになります。法律が予定しているのは、「○月×日に休みます」という労働者の申し出に対して、使用者が「その日に休まれると困るから、△月□日にしてくれ」と指示することに過ぎないのです。もっとも、この時季変更権は、たんに仕事が忙しいとか人手が足りないというだけではその行使は認められない事が過去の判例で示されているので注意が必要です。
以上、重要な部分だけに絞って労基法の内容をご紹介してきました。ごくごく基本的ではありましたが、上記の記述だけでも、法律が予定している内容と現場の実態との間には大きなくい違いが有る事にお気づきいただけたかと思います。
有給休暇の取得に対する労基署の取り組み
これまで見てきたように、有給休暇を使って仕事を休むことは、労働者にとって至極まっとうな権利の行使であると言えます。しかし実際には、労働者が有給休暇を使う事に対して快く思わない使用者が多くいることも確かです。そのような使用者に対し、労働基準監督署(以下「労基署」)は法違反として取り締まる事はできないのでしょうか?
実は、ただ単に『職場で有給休暇を使おうと思ったら上司に拒否された』というだけでは、労基署は動きにくいというのが現実です。
労基署に対し、職場の労基法違反の実態を強く訴え、その調査を執拗に求めれば監督官が調査に動いてくれるかもしれません。しかし、仮にそうしたところで、実際に法違反が有ったという証拠でも出ない限り、監督官は使用者に対して有効な対処(是正勧告など)はできないでしょう。
この問題に対し、労基署が何かしらの対処ができるとすれば、例えば「有給休暇を申請した上で仕事を休んだのに、勝手に欠勤扱いにされてしまってその分の給料を差し引かれた」というようなケースに限られているのです(これについては、別のエントリーで詳しく取り上げています)。
行政機関という性質上、労基署の立場は「民事不介入」です。中立の立場を守らなければならないという建前上、労働者と使用者のどちらに付く事もできません。そのため、「有給休暇を使いたいのに使わせてもらえない」という相談に対しては、当事者同士でよく話し合って解決してくれと指導するのがその限界なのです。
労使間のトラブルについて、何でもかんでも労基署が介入できるわけでは無いことを肝に銘じておく必要が有ります。
有給休暇を使えるようにするための手段とは
労働者の皆さんとしては、せっかく法律で認められた権利なのに、それを使う事が出来ないことに不満を感じられるのも当然でしょう。仕事を辞める辞めないの話にまでこじらせること無く、穏便に有給休暇を使うための方法は無いのでしょうか?
ひとつ考えられるのが、労働組合の結成と組合による経営者との交渉です。
一例として、私が長年勤めていた郵便局の事例を取り上げましょう。郵便局では、本務者であるか非常勤職員であるかを問わず、法律通りに有給休暇を消化することが可能です。元々は国の組織だったという事情があるにせよ、有給休暇が比較的取りやすいという郵便局の現状は、長年に渡る組合活動の成果という面も有るのではないかと思います。実際、私が聞く限り、他の会社でも労働組合が機能しているところではそれなりに有給休暇が使う事ができているようです。
しかし、労働組合の結成とその活動維持のためには、それ相応の負担とリスクを伴う事も忘れてはいけません。ひとたび労働組合を結成すれば、「有給休暇を使えるようになったから即解散!」という訳にはいきませんので、組織を維持するための労力を注ぎ込み続ける必要が有りますし、金銭的な負担も負い続けることになります。
また企業経営者の中には、労働組合を激しく嫌悪する方も少なくありません。そのため、組合活動を理由に、労働者を解雇したり再就職を妨害してくることも考えられます(本来は違法な行為です)。
労働者が、法律で認められた権利を行使しようとすると、解雇や人間関係の悪化といった大きなリスクを背負うことになる。労働者の皆様にとっては、実に理不尽だと思われることでしょうが、これが我が国の実態なのです。。
労使間で発生したトラブルを解決するには、専門家にご相談いただくのが一番の近道です。その際は、お近くの労基署にご相談されるか、または当事務所までお問い合わせください。当事務所では、経験豊富な社労士が責任をもって応対させていただいております。