未払い残業代請求のポイント③…金額をどのように計算すべきか

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前回、前々回と、未払い残業代請求においてポイントとなる論点を取り上げてきました。今回はその最終回です。就業時間の記録労働時間の定義の他にポイントとなるのは、どのような論点なのでしょうか?

未払い残業代の金額はどのように計算すべきか

法律上の「労働時間」に該当する時間が何時から何時までであるかを確定し、それを月単位で集計して各月の総労働時間を算出した後は、それを具体的な金額に計算しなおす作業が必要が有ります。

この未払い残業代の計算において重要となるのが、所定労働時間や基本給、諸手当の額といった「労働条件」です。この労働条件がどのように定められているかによって、未払い残業代の金額が何円になるのかが大きく変わってきてしまいます

具体的な例を一つ挙げてみましょう。月平均の所定労働時間が173時間、基本給20万円、役職手当3万円という条件の労働者について考えてみます。この労働者がついている役職は「課長」ですが、企業の経営そのものに携わるような、いわゆる「管理監督者」ではないものとします。

この労働者の場合、「役職手当」をどのような性質の手当と捉えるのかが大きなポイントとなります。労働相談の現場でよく聞くのが、「『役職手当の中に○○時間分の残業代を含めているので、いくら残業してもそれ以上の給料は払わない』と上司から言われている」というお悩みです。毎月決まった額を残業代として支払う、いわゆる「固定残業代」制を採用していると考えられるケースですね。この相談の中には、「使用者側が固定残業代制を誤解している」「管理監督者に対する認識が間違っている」という問題が含まれているのですが、それはひとまず置いておいて、この条件での残業代がいくらになるのか計算してみましょう。

基本給が20万円、月平均所定労働時間が173時間なのですから、基本給を時給に換算すると以下のようになります。

200,000円÷173時間=約1,156円 (小数点以下四捨五入)

法定時間外労働に対しては2割5分増しの賃金を支払わなければならない(深夜労働を除く)ので、その単価は

1,156円×1.25=1,445円

よって、役職手当3万円の中に残業代が含まれているとすると、その時間数は

30,000円÷1,445円=約20.76時間 (小数点第3位以下四捨五入)

と、なります。

固定残業代制の導入にあたっては、「残業代として毎月決まって支払われる額(この場合は役職手当)の中に何時間分の残業代を含むのか明確にすること」や「固定残業代に含まれる分を超過して残業した場合は、それとは別に残業代を払うこと」等といった要件が必要になります。つまり、「役職手当を払っているから、いくら残業させてもそれ以上の残業代を払わなくて良い」というのは誤った認識なのです!

また、役職手当を固定残業代として扱うためには、労働条件通知書や就業規則等でその旨を明確に表示する必要も有ります。この要件を満たしていない場合は、役職手当を残業代として扱う事ができず、通常の賃金と同じように扱わなければなりません。するとどうなるかと言うと、時給及び残業代の単価が大幅に上がります。具体的には、以下のような計算結果になります。

(200,000円+30,000円)÷173時間=約1,329円 (時給単価、小数点以下四捨五入)

1,329円×1.25=約1,661円 (残業代単価、小数点以下四捨五入)

仮に役職手当が月20.76時間分の固定残業代と認められた場合、月に30時間残業させた時に支払うべき賃金の額は、およそ243,352円になります。しかし、役職手当が固定残業代と認められなかった場合、役職手当とは別に残業代を払わなければならなくなりまから、支払うべき賃金の総額は279,830円にもなるのです!その差、36,478円。今回は基本給、残業時間ともに控えめの数字でシミュレーションしてみたのでこの程度で済みましたが、基本給や残業時間の数字がさらに大きくなればそれに比例して差額も大きくなることは言うまでも無いでしょう。

以上見てきたように、未払い残業代の計算においては「その労働者がどのような労働条件の下で働いているか」が極めて重要になってきます。自らに支払われている給料の額に疑問を感じている方は、是非一度、労働条件通知書や就業規則を見直してみてください。もし、労働契約の締結に際して労働条件の書面明示が無かったり、職場に就業規則が備え付けられていなければ、それは労働基準法違反の疑いが有ります(一部例外あり)。その場合は、お近くの労働基準監督署にご相談なさってください。

これまで三回に渡り、未払い残業代の問題を取り上げてきました。誤解の無いよう申し上げておきたいのですが、これまでの連載は、労働者の権利行使を過剰に煽りたてる意図で続けてきたものではありません。実際はむしろその逆で、「誤った取り扱いをしてしまうと、こんなリスクを抱えてしまいますよ」と使用者側に注意喚起を促す意図で続けてきたつもりです。労働者の権利をむやみやたらに認めるのではなく、法的に適正な取り扱いをすることでこそより良い労使関係を築くことができ、それがひいては企業の存続・発展につながるというのが私の考えです。今後も、その思いの下に投稿を続けていきたいと思います。

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