労働条件通知書に潜むワナ

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書面による労働条件の明示義務

労働基準法第15条で使用者に義務付けられている、「労働条件の明示」。

同条文では、労働契約の締結にあたり、労働者に対して労働条件を明示しなければならない事、始業就業の時間や賃金計算方法といった特に重要な事項は書面によって明示しなければならない事、などが定められています。

建設業や運輸業と言った一部の業種では、未だに口約束によって労働契約が締結されるケースが多く、それによって引き起こされる労使トラブルが後を絶ちません。しかし労働の現場を全体的に見れば、「人を雇い入れたときには労働条件を書面で明示しなければならない」という意識はだいぶ浸透してきたように思います。

労働条件の書面明示の際に使用される「労働条件通知書」は、労働基準監督署に行けば簡単にひな形を入手できます。また、わざわざ労基署まで出向かなくても、インターネットで入手することが可能です。労働局のホームページにはwordやpdf形式でひな形のファイルがアップロードされていますし、「労働条件通知書 ひな形」といったキーワードで検索をかけても簡単に見つけられることでしょう。

労働条件の書面明示の際、ほとんどの事業主がこれらのひな形を使っていることと思います。労基法に則り、労働者への書面明示義務を果たそうとする姿勢それ自体は、大変結構なことです。しかし、ひな形を使用して労働条件通知書を作成する際、正確な法知識を欠いて労働条件を設定してしまうと、思わぬ労使トラブルを招く事も有り得ます。今回は、この件について取り上げます。

使用者が想定していた労働条件と、通知書の文言

ひな形を用いて、労働条件通知書に以下のような記述をした場合を考えてみましょう。法律上は、労働契約の期間や就業の場所等についても書面明示が必要なのですが、今回は割愛します。

  • 始業 8時30分 就業 17時30分 休憩60分
  • 所定時間外労働  (36協定締結済み)
  • 定例休日 毎週土・日曜日
  • その他の所定休日 国民の祝日、夏季休暇 8月13日~8月15日、年末年始休暇 12月30日~1月3日
  • 基本賃金 月給200,000円

この契約の締結に当たり、使用者は「1日8時間、1週40時間」の労働条件を提示したつもりでいました。さてこの契約に基づいて労働者に法定時間外労働を命じた際、割増賃金の計算をする必要が有るのですが、その額はいくらになるでしょうか?

月給を時給に換算してみると…?

割増賃金を計算する際には、労働者に支払われる月給の額を時給に換算し、その額に2割5分ないし5割といった割増をすることになります。この「月給を時給に換算した金額」が問題になる訳です。

以前のエントリーで取り上げたように、「1日8時間、1週40時間」という条件では、月によって所定の総労働時間が異なります。月給の額をそれぞれの月ごとに所定総労働時間で割る、という単純計算をしてしまうと、時給の額も月毎に異なる事になってしまい、その処理が大変面倒です。

そこで、月給の額を時給に換算する際、年間を通じた月平均所定労働時間で月給を割って算出する、という方法が認められています。

今回のケースでは、1週の労働時間を40時間と想定しているのだから、以下のような計算式で時給を算出しました。

年間総労働時間 365日÷7日×40時間=約2,085時間 (小数点以下切り捨て)

月平均所定労働時間 2085時間÷12カ月=約173時間 (小数点以下切り捨て)

時給換算 200,000円÷173時間=約1,156円 (小数点以下四捨五入)

さて、こうして導き出された時給換算の金額ですが、これは前掲の労働条件に照らし合わせて正しいと言えるのでしょうか。

実は、この計算は間違いです。その理由は、国民の祝日や夏季休暇、年末年始休暇を所定休日とする条件が反映されていないからなのです。

労働条件に則り、時給の額を正しく計算すると以下のようになります(2015年の場合)。

年間総労働時間 8時間×(365日-118日)=1,976時間

月平均所定労働時間 1976時間÷12カ月=約164時間 (小数点以下切り捨て)

時給換算 200,000円÷164時間=約1,220円 (小数点以下四捨五入)

国民の祝日や夏季休暇、年末年始休暇を所定休日とすると、2015年の年間所定休日は118日となります。1年365日から118日を差し引いた残りの日数(247日)が、この契約における年間所定労働日となり、時給の額を計算する際はそれに基づかなければならないのです。

時給の差額は64円となり、数時間程度で見れば大した差ではないように思われるかもしれません。しかし塵も積もれば何とやら、このわずかな差が月単位、年単位で積み重なり、更に法定の割増率まで加算されるとなれば、決して無視する事の出来ない金額になることがお分かりいただけるはずです。

重要な書面の作成は、専門家にお任せを

以上見てきたように、正確な法知識を欠いたまま労働条件通知書を作成してしまうことには大きなリスクが伴います。すなわち、「使用者側が想定している労働条件」と「通知書に記された労働条件」とが乖離してしまう リスクです。この乖離は労使間の認識のズレの原因となり、その結果として労使トラブルが発生する事になりかねないのです。

労働条件通知書は、事業主の皆様が考えている以上に重要な書面です。その作成にあたっては、専門家へのご相談やご依頼を強くお勧めいたします。当事務所でも、人事労務管理の専門家としてお問い合わせを受け付けております。どうぞお気軽に、こちらまでお問い合わせください。

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