マタハラ訴訟…最高裁の判断とは

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 マタハラ訴訟に対する厚生労働省の反応

妊娠後の降格など「マタハラ」…厚生労働省が通達

妊娠や出産などを理由とした職場での嫌がらせ、マタニティー・ハラスメントマタハラ)を防止するため、厚生労働省は23日付で全国の労働局に通達を出し、企業への指導を厳格化するよう指示した。

通達は、女性が妊娠、出産したり、育休を取得したりしてから近い時期に企業が雇止めや降格などをすると、原則として男女雇用機会均等法などで禁止するマタハラにあたるとする内容だ。

これまでは、企業が女性に不利益な扱いをしても、マタハラにあたるかどうかの明確な判断基準がなく、抜け道になっていた。(YOMIURI ONLINE 2015年1月23日 20時52分配信)

昨年10月23日に最高裁にて判決の出た、いわゆる「マタハラ訴訟」を受けての厚労省の動きです。このマタハラ訴訟の最高裁判決は、TVや新聞などの各種マスメディアでも大きく取り上げられ、「マタハラ」という言葉がこの年の「ユーキャン 新語・流行語大賞」の候補にノミネートされるほどの注目を浴びました。

引用元にも有るように、マタニティー・ハラスメントとは、「妊娠・出産に伴う労働制限・就業制限・産前産後休業・育児休業によって業務上支障をきたすという理由で、精神的・肉体的な嫌がらせを行い、退職を促す行為」(wikipediaより引用)を指します。

このマタハラ訴訟の原審である控訴審判決において、広島高裁は、原告(控訴人)の第2子妊娠に伴って副主任の地位から降格させ、役職手当も払わないこととした病院側(被告、被控訴人)の措置を「病院の裁量の範囲内」とし、原告(控訴人)の訴えを退けていました。

しかし最高裁は、この広島高裁の判決に対して、破棄差し戻しとの判決を下します。すなわち、(非常に乱暴な説明になってしまいますが)「審議が十分に尽くされていないままに出された判決だから、ご破算。もう一度よく審議してから判決を下しなさい」ということです。

主にネット上での反応を見る限り、この最高裁の判断を「画期的な判決」として高く評価する向きが大勢のようです。しかし一方では、否定的な見解が全く無い訳ではありません。そもそもどのような事例だったのか、以下に概要をご紹介します。(判決文はこちらから)

マタハラ訴訟の事実関係とポイント

マタハラ訴訟の事実関係は、おおむね以下の通りになります。

  • 原告(控訴人・上告人)の女性は、被告(被控訴人・被上告人)である病院に雇用されている理学療法士
  • 第2子を妊娠するまで、原告が担当していた業務は訪問リハビリテーション(患者の自宅を訪問してリハビリを行う業務)
  • 役職は副主任で、管理職手当として月額9,500円が支給されていた
  • 第2子の妊娠に伴い、原告の女性は、それまでの訪問リハビリ業務から病院リハビリ業務への「軽易な業務への転換」(労働基準法65条3項)を請求。病院側了承
  • 病院リハビリ業務への異動に伴い、原告を副主任の地位から免ずるとの辞令(それに伴い、管理職手当も支給されなくなった
  • 病院からの辞令に対し、原告は渋々ながらも了承
  • 育児休業を終えた後、原告は訪問リハビリ業務に復帰
  • 復帰後の職場では、原告よりも職歴が6年短い職員が副主任に命じられており、原告は職場復帰後も副主任の地位に戻れなかった

こういった一連の流れを経て、原告の女性は病院を訴えることとなります。 マタハラ訴訟においては、主として以下の条文がポイントとなりました。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律

第9条3項 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと出産したこと、…(中略)…その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則

第2条の2 6号 労働基準法第65条第3項の規定による請求をし、又は同項の規定により他の軽易な業務に転換したこと

原告の第2子妊娠と、それに伴う軽易な業務への転換請求(注:訪問リハビリよりも病院リハビリの方がより軽易な業務である、とされています)を受けて、原告を副主任の地位から免ずるとした病院側の対応。この対応が、法律で禁止している「その他不利益な取り扱い」にあたるのではないか、という事なのです。

最高裁の判断と、企業に求められる対応

この問題に対し、最高裁は以下のように判示しました。長くなりますが、以下に引用します。

女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として同項(注:均等法9条3項)の禁止する取扱いに当たるものと解されるが,当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯当該労働者の意向等に照らして,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。

非常に大雑把にまとめてしまうと、次のようになります。すなわち、

  • 女性労働者が妊娠中に軽易な業務への転換を請求した際、その女性労働者を降格させる措置は原則として法違反
  • その措置が法違反とならないためには、以下の2つの要件の内、いずれかを満たさなければならない
  1. 女性労働者が真に自由な意思に基づいてその降格措置を承諾したと認められる、合理的な理由が客観的に存在すること
  2. 女性労働者を降格させずに軽易業務へ転換させることにより業務に支障をきたす場合であって、法律の趣旨や目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在すること

ということなのです。 なるべく分かりやすくするため、上記のまとめでは大幅に記述を省略しましたが、労働者の「自由な意思」や、法の趣旨や目的に反しない「特段の事情」というのは簡単に認められるものではありません

今回のマタハラ訴訟でも、原告の女性が渋々とはいえ了承しているにもかかわらず、「自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない」と最高裁は判断しました。

軽易業務への転換による原告への有利な影響が明らかでないこと、その反面で降格や減給などの不利な影響は重大であること、職場復帰後も副主任に復帰できないという、原告の意に反する措置をしておきながら、病院側からの事前の説明が不十分であったことがその理由です。

「特段の事情」についても、同様に高いハードルが課せられています。「仕事が忙しい」とか「人手が足りない」といった事情を抱えている企業は多いですが、単にそれだけの理由で妊娠した女性に対して降格などの不利益な取り扱いを課すことは、まず認められないといって良いでしょう。

少子高齢化に伴い労働力人口が減少しつつある状況にありながら、労働者の賃金は男女問わず伸び悩んでいます。結婚して家庭を築いている労働者にとって、夫婦が共に働いて収入を得る事は、家計を支える上で必要不可欠な状況です。

雇用保険の育児休業給付金健康保険の出産手当金健康保険・厚生年金保険の保険料免除(事業主・被保険者ともに免除)などを活用することで、妊娠した女性労働者の雇用の維持が可能な場合も有り得るでしょう。妊娠や出産を理由とした不利益取り扱いが認められないのは、マタハラ訴訟で改めて明らかになったところです。

事業主の皆様におかれましては、雇用している女性労働者の妊娠を嫌悪すること無く、祝福の感情を持って受け入れてほしいと切に願います。またそうすることで、優良な人材の長期定着につながり、結果として企業の更なる発展に資することになるのではないでしょうか。

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