残業代ゼロ法案についての考察 その2

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民間議員より提出された2つの資料とは

前々回のエントリーで、いわゆる「残業代ゼロ法案」なる代物が、どのような会議の場でどのような人達から提案されたのかを確認しました。強い影響力こそ有るものの、実は「経済財政諮問会議」と「産業競争力会議」のどちらも政府の諮問機関に過ぎません。つまり、この会議における提言が必ずしもそのまま政策として採用される訳ではないのです

そもそもこの提言を実際に国政に取り入れようとするならば、現行労働基準法の改正もしくは新法の制定が必要になります。そうなると国会の議決が必要となりますので、各企業がすぐにでも「残業代ゼロ」制度を導入できるような状況では無いのです。現時点では、国民的な議論の俎上に上がったに過ぎないと言えるでしょう。

以上の点を踏まえた上で、実際に提言された内容について具体的に見ていきましょう。4月22日の会議では、2つの資料が民間議員から提出されました。すなわち、「持続的な経済の好循環確立に向けて」(以下『資料1』)と「個人と企業の成長のための新たな働き方」(以下『資料2』)の2点です。

それぞれの資料がどのような内容なのかを大まかに説明すると、現在の課題とその解決策を4名の民間議員の連名で提言しているのが資料1、民間議員の意見を踏まえた上でより具体的な解決法を主査が取りまとめたのが資料2となります。「残業代ゼロ法案」としてマスコミに取り上げられるのは、資料2の方で提言された内容となります。

資料1と2の根底に流れているのが、日本企業の「生産性」の低さへの問題意識です。この「生産性」という単語、よくニュース等でたまに耳にすることの有る単語ですが、具体的にどのような意味なのでしょうか?

分かるようでわからない「生産性」という単語、その意味

今回のブログをエントリーするにあたって『生産性 労働』などのキーワードで検索をかけてみたところ、公益財団法人 日本生産性本部なる団体のHPにヒットしました。同団体のHP内に在る「生産性とは」というページによれば、「生産性」の定義は「投入量と産出量の比率」であるようです。併せてOECDによる定義も紹介されており、それによれば「産出物を生産諸要素の一つによって割った商である」とも言うのだそうです。

この生産性という概念ですが、ここから更に「労働生産性」「資本生産性」等といくつかの種類に分かれます。資料1と資料2は、ともに働き方と生産性についての提言を説明するための資料なので、上記資料で述べられている「生産性」とは「労働生産性」と考えて差し支えないでしょう。

では「労働生産性」とは何かと言うと、「労働を投入量として産出量との比率を算出したもので、労働者1人あたり、あるいは労働者1人1時間あたりの生産量や付加価値で測るのが一般的」ということになります。言いかえれば、生産性の高い働き方は効率の良い働き方生産性の低い働き方は効率の悪い働き方ということになりましょう。

つまり、現行の労働基準法が想定している働き方(=時間に対して支払われる賃金)では効率が悪いから、もっと効率良く働くための新しい制度を導入しましょうというのが民間議員の主張のようです。

現時点では具体的なイメージが湧きにくいものの…

なるほど「もっと効率良く」という部分だけを見れば、企業と労働者の双方にとって有益な提言で有るかのような印象を受けます。しかしながら、資料1と資料2とを何回読み返してみても、「効率の良い(=生産性の高い)働き方」と「Aタイプ」ないし「Bタイプ」といった働き方とが直接結び付くイメージが湧きづらいのが正直なところです。

これは私だけに特有の現象という訳では無いようで、議事要旨の中で厚生労働大臣はAタイプについて「どういう内容かまだ分からない」「よく理解できていない」と発言しておりますし、会議が終了した後での記者会見の場でも、Aタイプの働き方と現行の労働基準法で定められた働き方との違いについて記者からの質問が集中しました。

またBタイプの対象となる労働者についても、議事要旨では「ハイパフォーマー」「高度な職業能力を有し、自律的かつ創造的に働きたい社員」と定義されていますが、やや具体性に欠けるきらいが有ります。厚生労働大臣の言葉を借りれば「これでは我々には分からない」ということです。

後に記者会見の場などで、例えばグローバルに活動する国際金融ディーラー等が対象になるとの説明がなされましたが、それだけでは対象となる範囲が狭すぎて一般の国民にはイメージしづらいし、またそういった仕事をしている方々が現行の労働基準法で具体的にどのような不利益を被っているのか明らかではありません。

もっとも、この時点では民間議員もそこまで具体的な内容を詰めていなかったようです。今後議論を進めていく中で、より具体的な内容を構築していこうということなのでしょう。彼らが本当に言いたい事はそこではなく、「日本企業が激しい国際競争に勝ち抜くためには既存の制度では立ち行かないから、既成概念にとらわれない新しい働き方を検討してほしい」というのが本旨ではないのでしょうか。

数年前の「ホワイトカラー・エグゼンプション」が世論の猛反対にあってとん挫した反省からでしょうか、今回の提言では「ブラック企業の取り締まり強化」「働き過ぎの防止」といった言葉が繰り返し強調されています。その一方で、資料1冒頭の「デフレ下で乖離している生産性と賃金」(=仕事の内容の割に給料もらいすぎ)という表現に経営者の本音が見てとれる…というのは穿ちすぎでしょうか。

この「残業代ゼロ法案」ですが、現時点で、年収要件を外して対象となる労働者を幹部候補に限るといったように方向修正が図られているようです。しかし、一度導入されてしまえばなし崩し的に要件が引き下げられるおそれが有る事は否定できません。今後どのように議論が推移していくのか、引き続き注視していくことが必要と言えるでしょう。

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