労働基準監督署や労働組合、NPO法人などに寄せられる労働相談の中身を見てみると、「今の仕事を辞めたいのに辞めさせてもらえない」「上司に『辞めたい』と言ったら『辞めるなら損害賠償請求するぞ』と脅された」という内容が目に付きます。
意欲を持って現在の仕事に就いたものの、何らかの理由で辞める必要が生じた、という事は誰でも普通に起きうることでしょう。しかしそれに対して、雇い主側からしてみれば『せっかく雇ってやったのに冗談じゃない』と感じるのも無理からぬことです。
こういったトラブルを解決する際の物差しとして機能するのが法律の役割です。それでは、法律上はどのように定められているのでしょうか?
実は、労働基準法(以下「労基法」)や労働契約法(以下「労契法」)といった法律には、労働者からの「辞めたい」という意思表示を規制する文言は一つも存在しないのです!それどころか、労基法15条2項には、使用者(会社の社長や人事部長など)から提示された労働条件(給料の額や労働時間など)が実際と違っていた場合には、労働者が即時に契約を解除する(=辞める)ことさえ認められています。
労基法20条で解雇の予告、労契法16条で合理性と相当性を欠く解雇の無効が定められているのに対し、労働者の側から「辞めたい」と意思表示することには、より自由が認められているんですね。平たく言えば、「使用者は労働者を簡単にクビにはできないけど、労働者は辞めたくなったらいつでも理由にかかわらず辞めて良いよ」ということなのです。
とは言え、労働者が「私辞めます!」と宣言して即辞められるものでもありません。この場合は、民法627条2項により、2週間の予告期間(厳密に言えば、労働契約の内容と意思表示をした日にちにより一ヶ月以上必要な場合も有ります)を置くことで有効に辞めることができます。
以上見てきたように、仕事を辞める時には、実は使用者からの同意なんて必要無いのです。労働者から「○月×日をもって辞めさせていただきます」とはっきり意思表示してしまえば、使用者にはそれを拒絶する権利は有りません。また、労働者が辞職することは正当な権利の行使ですから、そのことに対して損害賠償請求することもまず不可能と思われます。損害賠償請求するためには、労働者の辞職が職場に具体的な不利益を与える違法な行為であることを使用者が立証しなくてはならないのですが、それには多大な困難が伴うでしょう。
法律論だけで言えば、以上のようになります。もっとも、世の中の常識に照らし合わせて考えると、ずいぶんと違和感を感じた方も多いのではないでしょうか?次回はその辺を取り上げたいと思います。