長時間労働を招く?残業代ゼロ法案

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残業代ゼロ法案の内容と様々な反応

昨今のマスメディアを賑わせている、いわゆる「残業代ゼロ法案」。その法案の内容には、以下のような特徴が有ると報道されています。

  • 労働時間の長さではなく、成果に対して賃金を支払う制度
  • 労働時間の総枠に制限を設けるタイプと、制限を設けないタイプの二種類に分かれる
  • 年収1,000万円以上の専門職は、労働時間の総枠に制限を設けないタイプの対象
  • 制度の対象となる労働者が、自らの希望によってタイプを選べる

これらの特徴の内、「年収1,000万円以上」という要件については、『対象者は幹部候補に限定した上で、年収要件は設けない方向に修正する』と報じるマスメディアも有るようです。

この法案に対する、新聞記事やブログ・SNS等の反応は、おおむね以下のような内容でした。

  • 長時間労働をかえって助長する
  • 「成果」の定義が曖昧なため、何に対して賃金が支払われるのか不明
  • 年収1,000万円だの幹部候補だのといった制限は、いずれ緩和されるのが目に見えている
  • 立場の弱い労働者が、使用者に対して本当に自らの希望を通せるのか不透明

労働基準法や労働契約法といった法律の文言の上では、「労使対等」が基本理念として謳われています。しかし、実際の労働の現場では、そういった理念の通りにいかないのが実情です。労働者に対し使用者の方がはるかに強い力関係を持つ現状、主として労働者の側から、上記のような「残業代ゼロ法案」に対する警戒心が強まるのは自然なことと言えるでしょう。

このように、国民の間で物議を醸している「残業代ゼロ法案」。いったいどのような経緯で、世に出てきたのでしょうか?

経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議における提言

それは、官邸に設置された「日本経済再生本部」において、今年4月22日に開催された「経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議(第4回)」の席上で民間議員が提言した「個人と企業の成長のための新たな働き方」という資料から始まります。

その資料が実際にはどのような内容だったかは、こちらのリンクからご覧いただけます。お読みいただければお分かりの通り、実はこの資料のどこにも「残業代ゼロ法案」なる単語は出てきません。それどころか、一番最初の項目として『「働き過ぎ」防止の総合対策』が挙げられており、長時間労働の抑制を意識した内容となっています。

マスメディア、とりわけ労組の息のかかった報道機関が報じているような「長時間労働を助長する」制度とは、どうも様子が異なるようです。

限られた時間や文章量で、より多くの人々に、できるだけ分かりやすく伝えようとするのがマスメディアの特徴と言えます。それ故、特定の部分をことさらに強調し、それ以外の部分については大幅に端折ってしまう、ということが往々にして有り得るのです。

今回の民間議員による提言の内容についても、多くのマスメディアでは、長時間労働の抑制に取り組むという部分については報道しないか、報道しても「効果は疑問だ」と触れるに留まっています。その結果、「残業をしても割増賃金が支払われない」といった箇所だけが独り歩きしてしまい、人々からの更なる反発を招いてしまった印象はぬぐえません。

民間議員からの提言内容に問題は無いか

とは言え、この提言において挙げられている、長時間労働への対策の内容が実情に即したものであるとは言い切れないのは確かです。例えば、対策の一例として労働基準監督官の大幅な増員が挙げられています。一相談員に過ぎないとは言え労基署で働いた経験に基づき言わせていただければ、監督官の単なる増員だけでは「働き過ぎ」対策の効果はほぼ望めないでしょう

現行の労働基準法における法違反に対する罰則は、その量刑のほとんどが罰金20万~30万程度で懲役期間は数カ月程度と、それほど重いものではありません。また刑を科すために必要な書類送検の為のハードルも高く、労働基準法違反による書類送検は一労働局の管轄内で年間を通じて数件程度こちらを参照、安衛法違反を含めば若干増加)しか無いのです。

私の所属していた監督署では年に10,000件を超える相談が寄せられていましたから、割合にすると1%にも満たない事になります。労基法違反の罰則強化や労働基準監督官の権限強化も併せて検討しなければ、単に国民からの批判に対するアリバイ作りとしての提案だとの批判も免れないでしょう。

この提言においては、その他にも「企画業務型裁量労働制」や「フレックスタイム制」についても見直しを求めています。成果型賃金制度の導入や労働生産性の向上のためには既成制度の改正だけでは不足である、ということなのでしょうか。しかしわざわざ国民の反発が予想される新制度を提言した事については、資料を見る限りやや説明不足の感は否めません。

ともあれ、労務管理や労働相談に携わる者の端くれとしては、この問題に無関心ではいられません。マスコミ報道だけにとどまる事無く、政府公開の資料等にも目を通す事で、問題の本質を見失わないよう心がけたいと思います。この問題について可能な限り、今後も取り上げていきたいと考えています。

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