・福井地裁の判決
今朝8時ごろに配信されたyahoo!ニュースの中に、こんな記事が有りました(一部抜粋)。
消火器販売などの「暁産業」(福井市)で勤務していた男性社員=当時(19)=が自殺したのは上司のパワーハラスメント(パワハラ)が原因として、男性の父親が損害賠償を求めた訴訟で、原告の主張を認めて会社と直属の上司に約7200万円の支払いを命じた福井地裁の判決について、原告側が15日までに名古屋高裁金沢支部に控訴した。控訴は12日付。
判決は、男性が手帳に書き残した上司の発言を「典型的なパワハラ」と認定し、会社と、この上司に損害賠償の支払いを命じた。管理職の上司への請求は「パワハラの実態を把握するのは困難だった」と退けた。
文中に有る「福井地裁の判決」に対し、既に被告は控訴していたのですが、原告側も、判決内容の一部に不満が有るとして、高等裁判所に控訴したとのことです。この判決文は、すでに裁判所のホームページにもアップロードされており、誰でもその全文を読む事が出来ます。興味のある方は、こちらをクリックしてみてください。
事件の概要は、以下の通りです。
- 自殺した男性(以下「男性」)は、およそ2カ月のアルバイト勤務を経た後、平成22年4月1日から被告会社(以下「会社」)で正社員として働き始めた。
- 会社に採用された後、男性が配属されたのはメンテナンス部。主な業務は、会社の顧客である事業所の消防設備や消火器等の保守点検業務である。
- 男性は、会社に採用された後、被告の一人である直属の上司(以下「リーダー」)とともに自らの業務にあたっていた。
- 男性は、仕事の遂行能力に難が有り、そのためリーダーから「指導内容を逐一手帳に書き留め、それをノートに書き写すように」と指導されていた。
- 男性のノートには、リーダーからの指導内容、暴言と思しき発言の数々、男性自らの思いなどが詳細に書きしるされていた。
- 会社は、男性に対して年賀はがき2,100枚、消火器40本の販売ノルマを課していた。
- 平成22年10月6日ごろ、男性は、メンテナンス部の部長(以下「部長」)に対して退職の申し出をした。しかし部長からはその申し出を拒否され、逆に厳しく叱責された。
- 平成22年12月6日の早朝、男性は、自宅の自室で首を吊って自殺した。残された遺書には、会社の同僚などへの謝罪の言葉が残されていた。
- 男性の父親は、男性の自殺はリーダーによるパワハラと、それに対する適切な措置を怠った部長や会社に責任が有るとして、会社、リーダー、部長を相手取り損害賠償金の支払いを求める訴えを起こした。
引用した記事にも有るように、福井地裁は、リーダーによるパワハラの事実を認め、会社とリーダーに対しておよそ7200万円の賠償金を支払うよう命じました。
ここでポイントとなるのが、リーダーの発言としてノートに書き遺されていた言葉の中で、どのようなものがパワハラに該当するのかという点です。福井地裁の裁判官は、どのように判断したのでしょうか?
・パワハラに該当する発言とは
判決文の中で、裁判官がパワハラに該当する発言として認めたのは、以下のような言葉です。
「学ぶ気持ちはあるのか、いつまで新人気分」「詐欺と同じ、3万円を泥棒したのと同じ」「毎日同じことを言う身にもなれ」「わがまま」「申し訳ない気持ちがあれば変っているはず」「待っていた時間が無駄になった」「聞き間違いが多すぎる」「耳が遠いんじゃないか」「嘘をつくような奴に点検をまかせられるわけがない」「点検もしていないのに自分をよく見せようとしている」「人の話を聞かずに行動、動くのがのろい」「相手するだけ時間の無駄」「指示が全く聞けない、そんなことを直さないで信用できるか」「何で自分が怒られているのかすら分かっていない」「反省しているふりをしているだけ」「嘘を平気でつく、そんなやつ会社に要るか」「嘘をついたのに悪気もない」「根本的に心を入れ替えれば」「会社辞めた方が皆のためになるんじゃないか、辞めてもどうせ再就職できないだろ、自分を変えるつもりがないのならば家でケーキ作れば、店でも出せば、どうせ働きたくないんだろう」「いつまでも甘甘、学生気分はさっさと捨てろ」「死んでしまえばいい」「辞めればいい」「今日使った無駄な時間を返してくれ」
裁判官は、これらの発言を「仕事上のミスに対する叱責の域を超えて、男性の人格を否定し、威迫するものである」として、「典型的なパワハラ」と認めました。
職場において、どのような行為がパワハラに該当するかについては以前のエントリーでも取り上げました。パワハラに該当する行為の6類型のうち、上記の発言は、「精神的な攻撃」(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)に該当するということなのでしょう。
その一方で、「年賀はがき2,100枚、消火器40本」といった販売ノルマがパワハラ6類型の一つ「過大な要求」に該当するか否かについては判断しておらず、会社に対しては民法715条1項に定める「使用者責任」を認めたに過ぎないようです。
・時代の変化に応じた対応を
皆様は、上記の発言について、どのように感じられましたでしょうか?
物覚えの悪い新人を教育している際、つい感情的になってしまい、上記のような発言をしてしまった方も少なくないのではないでしょうか。裁判所の判断はともかく、私個人としては、このように発言したくなる気持ちが分からない訳ではありません。
しかしながら、上記の発言の中に、業務の適切な範囲に在るとは到底考えられないものが含まれている事も事実です。いかに感情が高ぶったとはいえ、「詐欺と同じ、泥棒と同じ」だの「耳が遠いんじゃないか」「死んでしまえばいい」などと発言してしまっては、パワハラと認定されても方の無いことでしょう。
かつては、職場における上司の暴言や人格攻撃も、ある程度は止む無しとする風潮があったように思います。しかし、時代は確実に変わってきており、以前のやり方が通用しない世の中になりつつあるのです。「自分たちは同じように辛い経験を乗り越えてきたんだ」という思いは大いに理解できますが、過去の体験にとらわれすぎる事無く、時代に合った職場環境を作り上げていくことも必要ではないでしょうか。